Drブログ

メールアドレス:
特徴
ドクター紹介
スタッフ紹介
院内ギャラリー
ストーリー
歯ならび
矯正で歯を抜く!?
歯ならびを治す方法
治療の進め方
治療例
患者様の感想
装置の種類
見えない矯正
料金について
よくあるご質問
アクセス
出張公演のご案内
リンク集
院内便り
TOP




メールアドレス:
 
前橋矯正歯科の特徴 | ドクター紹介 | スタッフ紹介
歯ならびは人生に関係する!? | 治療の進め方 | 治療例 | 患者様の感想 | 装置の種類
料金について | よくあるご質問 | アクセス | TOP
 
 
経歴
1997年

奥羽大学 歯学部卒業
奥羽大学 大学院入学(歯科矯正学)
2001年 奥羽大学 大学院博士課程修了
2002年 前橋矯正歯科勤務
2008年 前橋矯正歯科院長

歯学博士
日本矯正歯科学会認定医

1972年(昭和47年)3月28日、宮城県仙台市生まれ
曽祖父(ひいおじいちゃん)から続く歯科医師一家の4代目として生まれました。
しかし子どもの頃は歯科医師になる気は、まったくありませんでした・・・。


<少年時代>
子どもの頃は、家で遊ぶよりも外で遊ぶのが好きでした。学校が終わると塾に行くこともなく、友達とよく遊んでいました。
現代っ子のように忙しくもなく時間にも余裕があり、幸せな少年時代だったと思います。


 


<中学生活>
中学ではサッカー部に入り、部活一色の毎日でした。
顧問の先生がかなり熱心で、放課後の練習の他に早朝練習や夜間練習があるハードな毎日を送っていました。
勉強はさっぱり・・・でしたが、中3あたりからがんばった結果、成績がグングン伸び始めました。

その結果、当初予定していた高校よりもワンランク上の学校に合格することが出来ました。今思えば自分にとっては「やれば出来る!」を実感した初めての「成功体験」でした。

<高校生活>
第一志望の高校には無事合格できましたが、ギリギリでの合格だったため、入学後の学年順位は下から数えた方が早いくらいでした。

中学までは余裕で上位に入っていたのに、それが一気に逆転。思えば人生で初めて味わった「挫折」でした・・・。「
どうせやってもムダ」とあきらめムード一色で、まったくやる気のない高校生活を送ってしまいました。

<歯科医師を志したきっかけ>
いよいよ卒業間近になり、進路を決める時が来ました。
自分の偏差値を冷静に見て「このまま普通の大学に行ったらパッとしない人生になりそうだな〜・・・」と思いました。

勉強が出来ないなら「何か手に職をつけるしかない!」と思い、どうしたらよいか考えました。

自分の家が歯科医院だったので「これが一番確実かな?」と考え、大学の歯学部を目指すことになりました。歯科医師を目指したきっかけはハッキリ言ってまったく立派なものではありませんでした。

<浪人時代・・・>
しかし勉強は出来なかったので、当然のように浪人決定。新前橋駅近くの予備校に通う1年間が始まりました。この予備校には英語の教え方がとても上手な先生がいて、一気に英語が得意科目になりました。得意科目は英語だけでしたが、何とか1浪で歯学部に合格することができました。

<大学生活>
大学生活が始まり、初めて親もとを離れての一人暮らしも体験しました。
ご飯と洗濯、掃除などをすべて自分でやるということを経験し、初めて親のありがたみが身にしみました。
大学時代は釣り(ルアーフィッシング)に夢中になり、夏は毎週のように近くの湖まで出かけていました。

<矯正専門の歯科医師を志したきっかけ>
6年間の大学生活を終え、進路の専門分野を決める時期になりました。
歯科医師の専門分野には、むし歯に詰めものをしたり、入れ歯を作ったり、差し歯を作ったり、歯ならびの矯正をしたりというじつはたくさんの専門分野があります。
(歯科医師も人間ですから必ず得意・不得意分野があります)

卒業までには専門分野を決める必要がありましたが、自分には「これをやりたい!」と強く思うものがありませんでした。
父に相談したところ「せっかく自分の家が矯正治療専門の歯科医院なんだから、まずは矯正を勉強してみたらどうか?」と言われました。

そのアドバイスで専門分野は「矯正歯科」を選ぶことにしました。両親の後押しもあり、6年間の歯学部卒業後、さらに4年間の大学院に進学することになりました。

<大学病院での修行時代>
無事国家試験に合格し、歯科医師免許を取得して矯正科の大学院に進学しました。
「これで患者さんの治療ができる!」と意気込んでいましたが、待っていたのは厳しい下積みの毎日でした・・・。
毎日のように深夜まで大学病院の医局に残り、やることと言えば雑用ばかり・・・。

「何のために大学に来ているんだろう・・・」目標を完全に見失いそうな毎日でした。
しかしこの経験で「我慢する」「耐え忍ぶ」ことを学べました。
今思えばとてもよい人生勉強でした。

<博士号取得>
4年間の大学院も無事卒業。博士号も取得し、2002年4月より郷里の前橋に戻り、父が院長をしていた前橋矯正歯科での勤務が始まりました。

最初は「こんな若い先生で本当に大丈夫なの!?」という視線を感じたり・・・実際に言われたりと大変でした・・・。(童顔なのでさらに年齢より若く見られてしまいます)

しかし「十分な説明を分かりやすくおこなう」ことに力を入れていった結果、少しずつ私を信頼してくれる患者様が増えていきました。

歯ならびの矯正治療は期間が数年間と長くかかるのが特徴です。
治療期間が長いだけ、治った時の患者様の喜びはたいへんなものです。

「患者様の喜びに接する機会」に接することが多くなると「喜ばれることに喜びを感じる」ようになりました。

「本当にこの仕事をやっていてよかったな〜」

「今までの苦労もすべて吹き飛んじゃうよ!」

苦労を重ねた結果、ここ数年になってようやく、仕事に対しての「やりがい」を感じるようになりました。
今なら言えますが、自分の仕事に誇りを持っていますし、歯ならびの矯正治療を仕事に選んで本当に良かったです。

「人に喜ばれるって最高ですね!」

これからも「治したい!」という一生懸命な気持ちのある患者様の手助けをしていく気持ちに変わりはありません。

 

1941年(昭和16年)4月9日生まれ
高校卒業まで渋川在住でした。父が2代目の開業歯科医だったので、自然と歯科大学に進学しました。
大学5年生から6年生にかけて各科の実習(歯科の中で10科あります)を行い、卒業後の進路は自分に一番合っていると思って矯正歯科を選びました。
最初は矯正もできる歯科医師をめざしましたが、2〜3年後より矯正に興味がわき、父が元気で家に『早く帰ってこい』と言わなかったので、最終的には13年間大学で矯正だけの研修をしたので、矯正専門で開業することに決めました。
1983年(昭和58年)4月に前橋で矯正専門開業をしました。現在では群馬県の中で一番歴史のある矯正専門開業医院になりました。
自営業ですので良いときも悪いときもありましたが、患者さんのお役に立ちたいと思って、頑張ってきました。
これからは新院長、スタッフと共に、さらに患者さんに途中経過ならびに結果に満足していただけるように、お役に立ちたいと思います。

 
 
 
前橋矯正歯科の特徴 | ドクター紹介 | スタッフ紹介 | 院内ギャラリー
1913年から続く歴史 | 歯ならびは人生に関係する!? | 矯正で歯を抜く!? | 歯ならびを治す方法
治療の進め方 | 治療例 | 患者様の感想 | 装置の種類 | 最新の見えない矯正
料金について | よくあるご質問 | 無料初診相談予約 | アクセス
出張講演のご案内 | リンク集 | TOP
 
Copyright(C)2005 Maebashi Orthodontic Office.all Rights Reserved.